相続法改正シリーズ1-配偶者への居住用不動産の生前贈与についての持ち戻し免除推定規定

 民法の相続編の規定(以下「相続法」といいます。)が一部改正され、2019年7月1日から施行されました。
 但し、自筆証書に添付する遺産目録については、パソコン等で入力してプリントアウトしたものを添付してもよいとすることなどについての改正については2019年1月13日にすでに施行されていますし、配偶者居住権にかかわる制度(これについては、後日取り上げる予定です。)については2020年4月1日に施行されることになっています。
 施行日の前後はともかくとして、今般の相続法の改正には、同じく来年度に施行されることになっている民法の債権編を中心とする改正以上に重大な改正点があるので、まず、相続法の改正ポイントから、取り上げていくことにします。

 さて、今回は、配偶者に対して居住用不動産を生前に贈与した場合、原則として特別受益としての持戻し計算をしない扱いになるという改正点について取り上げることといたします。
 とはいえ、今回、取り上げる改正点については決して複雑なわけでもなく理解が困難なわけでもありません。ですが、何が改正の肝なのかを理解するためには、従来から規定されていた特別受益についてと、持ち戻し免除の意思表示の概念についてまず知っておく必要がありますので、それをまずご説明します。

 特別受益とは何か?

 特別受益とは、一言でいうと、被相続人の生前に、ある一部の相続人のみが特別に受けた贈与のことです(被相続人の生前なのですから、「相続人」という言葉を用いるのは不適切ですが、便宜上、以下「相続人」と表記させていただきます。)。
 もっとも正確に言うと、相続人が被相続人から受けた贈与のすべてが特別受益とされるわけではなく、その贈与を受ける相続人にとって「婚姻若しくは養縁組のため若しくは生計の資本として贈与」に該当する場合に限定されることになっています。しかし100万円単位以上の財産の贈与があったとすれば、それは「生計の資本として」の贈与であるのが普通であると考えられる結果、特別受益ではないとされる贈与はほとんど考えられないのが現実です。
 そして、一部の相続人が特別受益に該当する贈与を受けていた場合には、他の相続人との公平を考え、実際に被相続人がお亡くなりになって相続が開始するより前に、贈与という形で一部相続を受けていたことになると考えて、その贈与を受けた財産の価額を、計算上、被相続人の相続開始時に存在する遺産の金額に加算をしてそれぞれの相続分を計算するとともに、贈与を受けていた相続人については、計算上の相続分から贈与を受けた財産の価額を控除して、相続に際しての現実的な相続可能金額を算定するのが原則で、このような計算方法のことを「持戻し計算」というのです。

 しかし言葉のみ書き連ねていても分かりにくいので、簡単な例を挙げてみます。
 ① 被相続人が1500万円の遺産を残して亡くなりました。
 ② 相続人はA、B、Cの三人の子です。
 ③ Aのみが、被相続人の生前、被相続人からマンションの購入の頭金に充てるため
  600万円の贈与を受けたことがあります。

 この場合の持ち戻し計算は次のとおりです。
  (1500万円+600万円)÷3=700万円
   Aの相続分  700万円-600万円=100万円
   B、Cの相続分  それぞれ700万円
 Aだけ相続可能金額が少ないように思われるかもしれませんが、600万円の生前贈与を受けていたことを考えると、皆、700万円の相続ができるということで公平が図られるわけです。

持ち戻し免除の意思表示とは

 前述しましたように、特別受益がある場合には、他の相続人との公平を考え、持ち戻し計算をするのが原則です。しかし例外が認められています。
 遺言書に、自らの死後に、相続人間の公平を損ねてでも本来の法定相続とは異なる相続の仕方を指定することも認められているのです。遺言書では相続人間の公平を損ねる相続の仕方を指定することも認められるのに、生前贈与などをした場合に相続人間の公平を損なうからといって、必ず持ち戻し計算をしなければならないとするのでは、贈与をした故人の遺志に反する場合もあるはずです。
 そこで、故人が、生前贈与をした際などに、「将来、相続の際に元戻し計算をする必要はありません。」と意思表示をすることが認められているのです。そのような意思表示のことを「持ち戻し免除の意思表示」というのです。そしてそのような意思表示がされている場合には、前述のような持ち戻し計算は行われません(民法903条3項)
 前述の例では、生前贈与された600万円は考慮されず、1500万円の遺産を単純に3人で分けるだけです。
 ただ一般には、特別受益であるとか、持ち戻し計算であるとかを意識している方は稀ですので、その特別受益がされた趣旨、動機、その金額、贈与を受けた相続人と故人との人間関係、故人との人間関係についての贈与を受けた相続人と他の相続人との相違などの諸事情を考慮して、故人の真意は持ち戻し計算をすることを求めていないと考えられるときには、黙示で持ち戻し免除の意思表示がされていたとして扱われることになります。
 しかし、持ち戻し免除の意思表示が認められるのはあくまでも例外であり、多くの場合が故人が明示で意思表示しているわけではなく、故人が死亡した後に、相続人らが故人の意思を忖度して解決を図らなければならないわけですから、相当に激烈な対立が生ずることは避けられないのです。

配偶者に対して居住用不動産を生前贈与した場合の特別受益の持戻し免除の推定規定の新設(民法903条4項)

 故人が持ち戻し免除の意思表示をしたと解されるか否かについて、相続人間で激しい対立が生じ、遺産分割事件が「争族」と揶揄される一つの要因にもなっておりました。
 そこで、民法は婚姻して以来、20年以上が経過した配偶者に対して、居住用不動産を生前贈与した場合に限って、原則と例外を逆転させ、持ち戻し免除の意思表示がされたものと推定する旨の規定を設けたのです。
 それは長年連れ添った配偶者の、それまでの貢献に対する感謝の気持ちを込め、また配偶者の自分の死後にあっての生活も保障しようとする意図のもとに行われる生前贈与であると考えられ、そのような趣旨で行われる特別受益において、他の相続人との公平を図るために持ち戻し計算をすることは却って、相続人間の実質的公平を損ねるし、故人の遺志にも合わないと考えられるので、持ち戻し免除の意思表示がされていると考えるのをむしろ原則にするということなのです。
 激しい「争族」争いから、故人と長年ご夫婦であった配偶者を開放することにつながる規定なのです。
 ただ、ここで肝になるのは、対象が居住用不動産のみであるということと、婚姻してから20年以上が経過した配偶者であることが要件とされていることです。特に20年以上の婚姻期間が必要であるとすることによって、資産家の晩年の数年の間に、にわかに再婚した配偶者に居住用不動産が生前贈与を受けた場合を除外することができ、それによる他の相続人の不満を回避することができるのです。