安すぎる慰謝料、何とかならないだろうか?

 今回は慰謝料のことで私が常々、考えているところをご紹介します。
 慰謝料とは、民法710条に根拠があるのですが、他人の故意または過失に基づく行為によって、自分が人格的不利益を被って精神の平穏を害されたとき、そのショックを金銭的被害に見立てて、賠償してもらおうというものです。
 ですから、本来、金銭に換算できないものを、あえて金銭に置き換えて請求することになりますから、基本的に相場はあってないようなものといわざるを得ないもののはずです。
 実際、同じ被害を受けてもその人によって感じ方は様々なはずで、慰謝料の金額などおよそ一定の範囲で相場を決めようということ自体ナンセンスなはずです。

 しかし現実には、慰謝料も、案件ごとに相場が相当程度に決まっています。
  特に交通事故での慰謝料は、相場どころか一律に既に決まっているのが実態です。「交通事故は現代の交通事情の下では、ある程度の確率で避けがたいリスクであるから、現実のショックがいかに大きくともこの程度で辛抱させてよいのではないか」というが如きです。もちろん、慰謝料を算定するに際しては、被害者の保護のみならず加害者側のことも考慮しなければならないことはいうまでもありません。同じ被害を与えても、あるときは10万円であるとされたのに、別の時には500万円とされるというように著しい相違が生じれば、たまったものではありません。ある程度、どの程度の慰謝料を覚悟しなければならないのか予め予測できるようにするためにも一定の相場は必要でしょう。しかしだからといって、一律に決めてしまって当てはめるだけというのは、慰謝料の本質に反しますので、硬直的な運用は改められるべきだと思います。もっと柔軟に取り扱われるようにすべきです。

 前記のような慰謝料の算定についての硬直的な運用も問題ですが、交通事故の場合以外は、それほど慰謝料の金額が最初から決められてしまっているということはありませんのでまだよいということもできます。
 私がより重要な問題だと思うのは、慰謝料相場が総じて安すぎるということです。

 確かに新聞記事などを見ると、マスコミなどで名誉毀損の被害にあったときなどの慰謝料は最近、高額化してまいりました。しかしそれはむしろ珍しいのであって、一般の生活をしている人が日ごろ、他人から受ける人格権侵害に対する慰謝料は一般的にほとんど雀の涙ほどでしかありません(更に、精神的苦痛が全く認められない場合も少なくありませんが、それはまた別の機会に触れましょう。)。
 私が担当した中でいくつかご紹介しましょう。
 まだストーカーという言葉が世間で認知されるようになりかけた頃、調停を申し立てた案件です。まだ裁判所の問題意識が低かったのかもしれません。が、約半年にもわたりストーカー被害を受けた場合の慰謝料として、調停委員から相当な金額として提示されたのは20万円くらいで考えてほしいというものでした。しかも加害者側も反省して、60万円くらい支払っても仕方がないと言っているのに、「そんな高額の和解を裁判所で認めることはできません。」とまで言われてしまったことがあります。私は思わず耳を疑いました。
 「20万円で済むなら、ストーカーをしてみよう。安いもんだ。」と思う人が出てくるのではないでしょうか。
 またご近所どうしで仲が悪く、10年くらいの間に散発的に嫌がらせを受けてきた方の事件を担当したことがありました。そして最後には暴力事件にもなってしまったのです。暴力の方は目立った怪我をするようなひどい事件ではなかったですけれども、背景として長年の嫌がらせの末ということでもありましたから、依頼者の精神的苦痛は決して小さなものではありませんでした。しかし裁判所で認められた慰謝料は30万円にも届かないものでした。この程度で済むということは、気に入らない人を一発、殴ってストレスを発散した方がよいということでしょうか? 

 「やったもん勝ち!」
 加害者側にも被害者側もそのように思わせる結果になるとしたら、それは紛れもなく裁判不信につながります。
 本当に被害者の精神的苦痛が、安い慰謝料でも回復するのであれば仕方がありません。慰謝料はあくまでも精神的被害についての賠償金ですから、ペナルティの意味をこめて、被害者の被害以上に慰謝料を算定する必要はありません。しかし本当に今の水準の慰謝料で被害者は納得するとは思えません。
 私が以前、行っていた掲示板に「泣き寝入り」という言葉は嫌な言葉だというご意見がありました。私もそう思います。ですが、現在のようにわざわざ裁判までして戦って勝ち取れる慰謝料が、この程度であれば、皆、泣き寝入りしなければならなくなるのではないでしょうか。弁護士としても、相談を受けてもモチベーションが下がりますし、不本意ながら「泣き寝入り」をすることをまずお勧めしなければならなくなったりします。 

 また日本では、弁護士が少ないため、多くの市民がリーガルサービスを受けられず泣き寝入りを強いられていると叫ばれていました。確かにそういう一面はあったのかもしれません。しかし、それは弁護士が少ないからというだけではなくて、頑張って裁判に訴えてみたところで、満足な結果を期待できないという思いがあるからであることは間違いありません。現に、弁護士の数は増え続けているのに、民事の新受事件件数は、減少傾向にあるのです(法連草・「民事新受事件数減少の怪、その原因分析」もご参照下さい)。
 慰謝料をより高額化して、「やったもん勝ち」を許さず、「泣き寝入り」をせずに済むようにすることが喫緊の課題だと考えています。
 慰謝料の高額化といっても、いきなり10倍にしろとかいうのではなく、現状の2、3倍程度の慰謝料でよいというのが私の感覚ですが、これは健全な社会常識で考えられるべき問題です。