控訴審と判決理由の関係

 今回は、民事裁判の控訴のことについて実情を紹介します。

  控訴とは第一審判決に不服があるときに上級審(一審が簡易裁判所なら地方裁判所、一審が地方裁判所なら高等裁判所)に、考え直してもらうために敗訴した側が不服申し立てすることです。
 しかし控訴しても一部の微妙に法律論や価値観が分かれうる事件を別とすれば、結論は変わりません。変わらないどころか控訴しても、多くの場合、控訴審の審理は1回だけで、控訴した理由を書いた書面を提出しただけで終わりになってしまい、さまざまな証人を呼んで質問したり、一審で呼んだ証人をもう一度呼んで、別の視点で質問し直したりするということはまずありません。
 どうしてそうなのかというと、控訴審は続審であると位置付けられているからです。続審とは一審でやったことの続きとして審理しましょうということです。つまりもう一度、始めから審理をしなおすわけではないのです。だから既にやったことはやり直さない、他に調べるべき証拠があったではないかというときに初めて新規に証拠調べをするだけなのです。そして、普通は一審の審理の過程で審理するべきことはすべて審理済みなわけです。控訴審で新たに審理する必要が出ることはまずありません。
 そして同じ証拠、同じ証言を基に判断するのであれば、一審と控訴審とで結論が逆になることはほとんどありません。
 というわけで控訴審では、一審判決を考え直すというよりも一審判決を踏まえて和解ができるかどうか試みるのが、その中心になってしまっているのが現状です。控訴する動機も、本当のところは、一審では和解する機会がなかったとか、一審の段階ではお互い強気で和解の機運がなかったが判決が出た今では考える機運が生じているというときに和解を期するというのが通常になっています。

  ところが、控訴してもやることがない、されとて和解を期待するでもないにもかかわらず控訴をする事件が少なくありません。つまり無駄に控訴がされる事件です。そのような事件が少なくないのはなぜでしょうか。
  もちろん、敗訴当事者は、もう一度考え直してもらえれば一発逆転するかもしれないと期待するのでしょう。しかし事件を担当した弁護士が見れば、一発逆転の証拠が新しく出せるかどうかくらい、直ぐ見通しができます。無理なものは控訴等せずに早く諦めるべきでしょう。敗軍の将はいさぎよく敗戦を受け容れ、依頼者にも控訴することの無意味を説くことになります。
  しかしむしろ実は、無駄ともいえる控訴をする大きな動機は、一発逆転にかけるというよりも、一審判決の判決理由が説得力が乏しいという不満である場合が多いと思います。

 判決には理由をつけなければならないこととされています。当事者の主張が対立した争点については、なぜこの結論に達したのかの理由が書かれていなければなりません。それを見て自らの主張が受け容れられたことに満足したり、逆に主張がとおらなかったことについて、反省をしたり、諦めたりするわけです。
  ところが判決の中には、一応、理由という体裁をとっていながら、何ら具体的な理由が記述されていない場合が多いのです。当事者が激しく主張を戦わせていたのに、「裁判所に提出された証拠から次の事実が認められる。」などとして、あとは一方当事者の主張と同じことが書かれているだけなどいう判決もあります。同じ証拠を基にしても異なる主張が可能であったからこそ裁判が続いていたわけですが、その異なる主張が認められない理由が何ら触れていないのです。付け足し的に「この点、A証人は被告(または原告)の主張にそう証言をするが、にわかには信用できない」等と書かれている場合もあります。しかしなぜ「にわかには信用できない」のかこそが重要な理由なのです。その具体的理由が欠けている場合が多いのです。
  もっとも最近は具体的理由に触れられている判決が増えてきています。聞くところでは裁判所でも判決理由をより充実させなければならないということで、いろいろ考えているとのことです。
  しかし当事者の主張が激しく対立し、決め手になる客観的証拠がないようなときには依然として、具体的理由が示されていない判決を目にするのは事実です。

  このような判決が一審で下されていた場合、ついつい今までの苦労は何だったのか、裁判所は何にもわかっていないのではないかと思えてしまうのです。 
  私の場合も、そのような不満で依頼者を諦めさせなければならないところ、ついつい逆に焚きつけて、依頼者に控訴する方に促してしまうこともありました。また逆に一審で勝っても相手の方が無駄な控訴をして控訴審に対応しなければならないということも少なくありません。

 ともあれ無駄な控訴が多くなると、控訴審の裁判官も人間ですから、慎重に判断しなければならない本当に価値観や解釈が分かれるような難事件まで軽く取り扱われてしまうようになるかもしれません。
  われわれ弁護士としては無駄な控訴をしないように、変に意地を張ろうとしないことを心がけるとともに、裁判所にも敗訴当事者をも納得させるに足る詳しい理由を判決に盛り込むようにしていただきたいと常々考えています。