NO.13 「支払える金などない。」って言うけど本当なの?  
 債務者に手持ちの財産を聞き出すことができる制度が導入されました。――財産開示制度について




1  民事訴訟について基本的な誤解があるといけないので最初に確認しておきたいことがあります(例によってまた前置きなので、基本的な民事訴訟や強制執行のシステムをご存知の方は、いきなり3項から読み始めていただければ結構です。)。
 それは、民事訴訟で仮に被告に対して原告への金銭の支払を命じる判決が出たとしても、それだけでは当然には現実に金銭が支払われるわけではないということです。放っておいても裁判所がその責任において、被告から金銭を徴収して原告に渡すのかというと、そうではないのです。裁判所はそこまで面倒見がよくありません。裁判所は判決を下すことによって、債権者が債務者に対して金銭を請求できる権利があることのお墨付きを与えたということに過ぎないのです。
 実際、判決を出すだけではなくその後の面倒まで見るということになると、現実には債務者に財産もお金もないというときなど、いつまでたっても金銭回収できませんから、判決が実現できない以上、事件も終わらないため事件が滞留しますし、裁判所の威信も著しく傷ついてしまうでしょう。債権者の立場では諦めればいいと言えても、裁判所の立場でもう諦めますとは絶対にいえない立場に置かれてしまうはずです。
 ですからこのお墨付きを生かして、債権者が債務者から金銭の回収をいかに図るかは債権者の自助努力に委ねるということにしています。とはいえ、せっかく債権者が訴訟などまでしたのに、裁判所が後のことは知らない、何も協力しないというのでは、あまりにも法治国家としては無責任ですので、債権者から債務者の財産を見つけ出したということで申立があったときには、その債務者の財産を国家権力によって強制的に金銭に換えて債権者に渡すことを目的とする制度が用意されています。それが強制執行です。
 それでは訴訟などやらずに最初から強制執行を申し立てればいいではないかといいたくなりますが、それも間違いで、国家権力が人の財産を強制的に処分するわけですから、それは慎重でなければならず、本当に債務者が債権者に対して金銭を支払ったりしなければならない立場にあるのかどうか、確認する必要があるのです。その役割が訴訟に込められているのです。ですからそのような慎重な判断を経た判決などのお墨付きがあるということが強制執行申立のための要件になっているのです。こういうお墨付きの事を債務名義といいます。
  債務名義は判決だけではありません。そこで債務名義の種類を思いつく限りでご紹介します。
 まず判決といっても確定した判決確定はしていないが仮執行宣言が付いた判決との二種類があります。
 確定していないというのは、判決は出たがそれに対して控訴や上告がされてまだ係争中の状態であるということです。そして仮執行宣言というのは、本当は権利関係がどのようになっているかは判決が確定してみないと分からないので、強制執行もできないはずなのですが、控訴や上告をしてもまず結論がひっくり返ることはあるまいというケースが多いのも事実です(むしろそれが通例であることは、「法連草」のコラム「控訴審と判決理由の関係」でもご紹介しました。)。控訴や上告が債権者にとっては債務者側の単なる時間稼ぎとしか感じられないときがあります。そのようなとき判決の確定まで債権者を待たせるのは気の毒だというので、裁判所が「仮に強制執行ができます」と宣言するわけです。それが仮執行宣言です。もちろん万が一にも判決が逆転したら大変で、今度は債権者が債務者の立場に変わってしまって強制執行がされる前の状態にする、つまり金を返さなければならなくなることは言うまでもありません。
 また判決のほかに、まず和解調書調停調書があります。これは裁判所での話し合いの結果をまとめたものですから、約束したことは責任持って頂かなければならないという意味で判決と同じお墨付きとしての効果を与えているわけです。
 判決のほかに、それに準ずるものとして審判仮執行宣言付支払督促というものもあります。これについての説明はここでは割愛させてください。
 以上はいずれも裁判所が関わっているものですが、裁判所と関係のないものとして公正証書があります。但し金銭などの支払を約束したもので、約束を守らなかったら強制執行を受けても仕方ないという記述がある場合に限られます。これは裁判官のOBなどが勤める公証人が作成するのだから、裁判所での和解等と同じだけの効力を認めようということでしょう。 
  さて本題に入ります。
 強制執行を申し立てるとき、債権者が自分で債務者の財産を見つけ出す必要があるということです。しかしどうやって見つけ出せばよいのでしょうか。
 例えばこれまでも債務者の住所は分かっているので、そこが債務者の所有する土地だったり建物だったりするのでそれを差し押さえて強制競売するとか、債務者の勤めている会社が分かるのでその給料を差し押さえるとか、いろいろ考えて行ってきました。しかし債務者の自宅は賃貸物件だったり、会社は何時の間にか転職していたり、預金を差し押さえても、債務者が機転を制して、預金を全て解約して他に移してしまった後だったりしてなかなかうまく行かないことが少なくありませんでした。
 そこで空振りになる確率の高い強制執行を止めて、あくまでも債務者の任意の支払を期待しても、「もちろん私も支払えるものなら支払いたいですよ。でも私には支払えるお金も財産もありませんよ。信じられないというなら、強制執行でもなんでもかけて下さい。」等と開き直られてしまうと、どうしようもないのです。
 実際、本当に手持ちのお金も財産もない人は、強い立場であって、怖い者なしです。 裁判制度が嫌われる最たる原因は正にここにあるのです。弁護士に事件の着手金を支払い、時間をかけて裁判に勝訴してみたものの、その挙句が「これか!」ということになると、誰しもショックは大きいものです。

 このことは裁判制度の宿命で容易には解決しないでしょう。
  まさかどこかの金融会社ではありませんが、「目玉を売れ」とか「ソープランドで働け」とか強制するわけには行かないのですから。
 しかしこのように債務者が開き直るといっても、本当に財産がないのかというと単に見つからないとタカをくくって嘘をついているだけの可能性もあります。今まではその場合でも、現に財産を見つけることができない以上、泣き寝入りでした。
 強制執行が空振りになったといっても、債務者の財産にヒットしないだけで債務者の財産が本当にないかどうかは別問題です。
 そこでこの4月から登場したのが財産開示制度です。

 ここでは、具体的な申立手順などはこれから私も経験してみないと、本当のところをご紹介できないので、とりあえず財産開示制度が使えるのはどのような場面なのかをご紹介します。
@   債務者の財産を開示させるというのですから、これは大変なプライヴァシーに対する制約の一つであるということがいえます。
 ですから、いつでも開示しろというわけには行かないのであって、現実に強制執行にトライしてみたが失敗したという場合(但し失敗に終わった強制執行手続が終わってから6ヶ月以内である必要があります。)、または、自分が知っている財産についてその評価をしてみたが、それだけでは明らかに債権の回収に不足であるということを一定程度、裁判所に説明できた場合のいずれかであることが必要です。
 つまり一応、今までどおり財産を自らの責任で調査してみる必要はあります。その努力もせずにいきなり債務者に財産を開示しろと迫ることは許されません。しかし自分で調査して適切な財産を見つけることができなければ、財産の開示手続によることができるわけです。今までは適切な財産が見つからなければその段階で泣き寝入りでした。
A   そしてあくまでも強制執行を成功させるための手続ですから、財産開示手続を申し立てることができるためには、その債務者が金銭の支払をすべきことを内容とする前述した債務名義を有していなければなりません。
 但しここでは使える債務名義の種類に制限があることに注意して下さい。
 公正証書、仮執行宣言付き判決、仮執行宣言付き支払督促では駄目です。
 なぜかというと、まず公正証書について言えば、現実には金融業者がこれからお金を借りようとする債務者に対して、公正証書を作成すること、そして公正証書のもつ意義などを十分に説明しないままに、融資のために必要な書類であると述べるだけで、印鑑登録証明書の提出を求めたり、公正証書作成のために用いる白紙委任状に署名捺印させて、公正証書を作ってしまうことが少なくなく、後になって債務者が「こんな公正証書のことは知らない」などと主張してトラブルになることが頻発しているということが理由として考えられます。公証人は、委任状の体裁や公正証書に盛り込むべき条項が法律的に問題のない限り、面前にいる出頭者が作成に承諾しさえすれば、公正証書を作成しなければならないので、どうしてもそのようなトラブルが起こりがちなのです。そのような文書を元に財産の開示を求めてしまうと、公正証書が間違いだったときには取り返しのつかないプライヴァシー侵害をしてしまったことになります。
 また仮執行宣言付き判決や、仮執行宣言付き支払督促は、前にも述べたように債権債務関係が確定したということではないため、万が一にもそれが逆転してしまったときに、財産の開示までして取り返しのつかなくなったプライヴァシーはどう保護するのかという問題があるのです。とりあえず、強制執行に着手できる地位を保証しておけば十分で、それがうまくいかなくともいずれ権利関係が確定したときに改めて財産開示制度が使えるのですから、それで間に合わせるということでもよいだろうということです。
 
B   最後の要件として、その債務者が過去3年以内に財産開示手続の下で、財産開示をしていないという場合でなければならないことがあります。
 この要件については、他の債権者には財産開示がされていても、自分には開示されていないではないか、自分が開示を受けるためには最大で3年間待つ必要があるのかと思われるかもしれません。
 しかしAの要件を充たす債権者であれば、既に行われた財産開示の結果が記された記録を閲覧することができますので、それでいいだろうということです。
 但し職場が変わった等、3年の間に新しい財産を債務者が取得したと思われるとき、既に行われた財産開示で、債務者が全ての財産を開示したわけではなかったというときには、3年以内でも財産開示手続を改めて申し立てることはできることになっています。
     
  もっとも嘘をついてまで金銭の支払を免れようとする不誠実な債務者が、財産開示手続きによって本当の事を包み隠さず明らかにするのでしょうか。
 財産開示手続といっても、債務者の協力がなければ実効性がないことは言うまでもありません。財産開示手続が導入されたからといって、債務者に嘘発見器をかけたり、警察や税務調査のように権力を使って、債務者の財産を徹底的に洗い直すということではないのです。
 一応、嘘をついたり、協力しなかったりするとペナルティとして30万円以下の過料の支払を命じることができることになっています。とはいえ、債務者の発言が虚偽であるという根拠が出てこなければ、ペナルティも発動できないし、そもそも何百万円、何千万円の支払が求められている債務者については、30万円なら安いものということで済まされてしまいそうです。
 この点、果たしてどれほどの効果を上げることができるか、疑問視されているのが現状ではあります。しかし今までは開き直られてしまったり、差し押さえが失敗して財産を見つけることができなかったときに、ただ泣き寝入りせざるを得なかったことに比べたら、債務者に「目の前で裸になってみろ」と要求できるようになっただけでも、よいのではないでしょうか。
 全てはやってみなければ分かりませんが、私は比較的少額の債権では一定の効果を上げうるものと思っています。