NO.15 敷金と保証金




1  今回はマンションや事務所、店舗を借りるときに、家主(賃貸人)に支払わなければならない敷金や保証金のことについて取り上げたいと思います。
 賃貸借契約に際して支払わなければならないとされるものには、他にも「権利金」とか「礼金」というものもありますが、ここではそれらは取り扱わず敷金と保証金について考えたいと思います。
 そもそも法律上は、敷金も保証金も賃借人側から賃貸人側に支払わなければならないなどと規定されていません。法律にはそれらの金員について何も規定しているわけではないのです。
 ただ法律がどうであれ、実際に、賃貸借契約に際して、賃借人から賃貸人に対して敷金や保証金を支払うよう約束させられるのが一般的になっているという事実がありますし、敷金も保証金も原則として賃貸借契約が終了して賃借人が退去を済ませたときには返還されるべきものとして扱われているため、これらについて返還の際に様々な法律問題が生じるのです。
 ここでは、賃貸借契約の途中で賃貸人が変わったときの問題(賃借不動産の所有者が売買などで変わった場合)についてご紹介します。
  要するに、賃貸借契約が終了して退去も済んだあと、最初に支払った敷金や保証金は、誰から返してもらうのかという問題があるのです。
 普通考えれば、支払った相手から返してもらうのが当然です。とすれば元の賃貸人から返してもらうことになるはずです。お金を受け取ったこともない人に、「返してくれ」というのは道理に合いません。
 しかし結論を述べると、
敷金や保証金は原則として今の賃貸人に対して返還を請求すればよいのです。
 なぜかを考えるには、敷金や保証金がどういう目的のために賃借人から賃貸人に対して支払われる必要があるのかを考えると分かります。
 賃貸借契約は継続的に一定期間続く契約であるため、その長い間には、賃借人が賃料を支払えないときもあるでしょうし、賃借人による物件の使用の方法が極めて不適切で物件の傷みが尋常でなく、本来、必要のないような修繕をしなければならなくなったりすることもあるでしょう。つまり何かと、賃借人が賃貸人に対して、毎月の賃料のほかにも金銭を支払わなければならなくなるような懸案が生じる可能性が高いのです。敷金や保証金は、それをあらかじめ見越して、最初に、一定程度の金銭を預かっておこうというものです。
 そのような目的のものであるとすれば、敷金や保証金も賃貸借契約と不可分一体のものとして考えた方がいいでしょう。要するに賃貸借契約が継続することによって生じるリスクというのは、新しい賃貸人にそのまま承継されるはずなのです。とすれば、賃貸借契約が、物件の所有者が売買などにより変更されて、そのまま新しい所有者が賃貸人となって引き継がれたときには、当然に敷金、保証金も引き継がれるはずと考えるべきでしょう。
 もちろん元の賃貸人にとっては、賃貸物件を売却などしたときには賃貸人の地位を離脱するわけですから、その時点で敷金、保証金を預かったままにする必要はないわけで、賃借人にその時点で返還するべきなのが本来の姿でしょう。そして新しい賃貸人がやはり敷金や保証金が必要と思えば、改めて賃借人から支払ってもらうということでよいはずです。しかしここで考えているのは、賃貸人が変更になっても、そのときには賃借人に対して敷金や保証金が返還されなかったというケースを前提にしています。そういう場合は、賃借人の立場からは賃貸人が変更になったときに、元の賃貸人と新しい賃貸人の間で敷金や保証金についての引継ぎも行われているという前提で対応してよいはずだということなのです。
 また現実問題として、現在の賃貸人が責任もって返還してくれるということにしないと、賃借人にとってもとの賃貸人はどこに行ったのか連絡先も分からないということになり、返還を受け損なう可能性もあります。更に元の賃貸人が経済的に逼迫したために所有不動産を売却したのだということもあるでしょう。それよりは現に賃貸不動産を所有している現在の賃貸人の方が、確実に返還を受けられると思います。
  ところが、敷金、保証金(特に保証金)を、現在の賃貸人(物件所有者)に返還請求すればよいということについては例外があるのです。つまり賃借人側からは例外に当たる場合かどうかの判断を誤ると、二度手間になります。
 また賃貸人側から見ても、賃貸物権を手放したからもう敷金や保証金を返還する責任を追及されずにすむのかと安心していると、意外にも責任追及される事態となったりして慌てなければならない場合もあります。

 つまり裁判所の考え方によると、敷金、保証金といっても、賃貸借契約が継続することによって、賃借人が賃料不払いになったり、賃貸物件の使用が乱雑で余分の修繕費を賃借人に負担させなければならなくなるというリスクに備えるという以外の目的で、賃借人から賃貸人に対して支払われている場合もあるというのです。そして、その場合には敷金や保証金といえども、最初に支払った相手に対して返還請求するのは当然だという取り扱いになってしまうのです。
 では、具体的にはどういう場合が例外とされるのでしょうか。
 普通、敷金というと賃料の数か月分というのが相場でしょう。その範囲内であれば、名目が「敷金」であろうと「保証金」であろうと問題ありません。前述したような原則に従って返還請求すればよいのです。
 ところが、名目が「敷金」であろうと「保証金」であろうと、金額が相当高いときは例外に当たると判断される場合が多いようです。
 裁判所の考え方では、「敷金」とか「保証金」とかいっても、必要以上に高額の金銭の場合には実際には単なる消費貸借契約(普通のお金の貸し借りの約束)にほかならないと考えるべきではないかというのです。特に賃貸物件が建築後、間がないのであれば、賃借人は賃貸人(建物所有者)が高い建築費をかけて建築してくれたおかげで、その建物を利用できるということに感謝して、その建築費の負担について協力するという趣旨で金銭を貸したということであろうというように説明される場合があります。
 そうだとすれば、確かに賃貸借契約締結に際して賃借人が賃貸人に対して支払ったものではあるけれども、たまたま賃貸借契約に関連して行われただけで、それとは別物であるので、その後に賃貸物権を取得した新しい賃貸人には何ら関わりのないことであるということになるわけです。
 

 しかし私が問題だと思うのは、賃貸人も賃借人もそのように考えているかどうかと関わりなく、判断されてしまうこともあるということなのです。もちろん実際に当事者が、「敷金」、「保証金」といっても、単にお金を貸しただけであると意識しているなら問題はないのですが、当事者にそのつもりがないときにまで、単なる消費貸借契約であると判断されてしまうと、賃借人も賃貸人も不利益を受けることになるので、裁判所には原則として判断する場合と例外として判断する場合との基準を明確にしていただきたいところだと思います。
 一応、金額が相場に照らして高いかどうかというのが重要な基準のようで、前項もそれに基づいてまとめたわけですが、正確に言うと必ずしも金額が唯一の決め手ではなく、様々な要素を総合して判断されることになっています。物の本を見てもケースバイケースであるとしか説明されていないのが実情なのです。
 しかしそれでは、多くの人が判断に迷うのではないかと思います。
 こういうとこのサイトに併設している掲示板をご覧の方は、青色発光ダイオードの事件に関して、発明者の貢献度を一律に5パーセントとするのは反対だと述べているのと矛盾するのではと思われるかもしれません。
 しかし何も矛盾ではありません。発明者の貢献度などというものは、発明ごとに違って当然のものですし、それを常に一律にするというのは誰が見ても無理があります。しかし「敷金」、「保証金」の位置づけに関してはその結論のいかんによって、賃借人が誰に対して返還を求めればよいのかが全く逆になるわけです。これについては当事者にとって結論がどうなるのか予め予測できるようにしておかなければならないはずなのです。