NO.16 預金者保護法と民法478条




1  皆様は既に、偽造されたキャッシュカードや盗難されたキャッシュカードが何者かに不正に利用され、現金自動支払機等で預金者の預金が不正に引き出されるなどしたときに、原則として銀行等の預金の払い戻しの効力を否定し、預金者の預金を保護しようとする法律(預金者保護法(但し正式名称ではありません。))が制定されたことは既にご存じのことでしょう。
 しかし「何を今更・・・」、と思われている方もおられると思います。預金が預金者の意思と無関係に第三者が勝手に持って行ってしまったなどという事態が発生したとしても、預金者は銀行等を信用してお金を預けているわけだから、銀行等は第三者のカードの不正利用の如何に関わらず、預金者に対して預けているお金をいつでも払い戻しに応じるのは当然だと思うのが普通の感覚ではないかと思います。
 しかしそれがそうでもなかったのです。
 今回はそのことについてご説明します。既に預金者保護法が制定されて平成18年2月から施行されるわけですから、既に無意味な議論といわれればそうかもしれませんが、改めて議論することによって預金者保護法のありがたみも分かるでしょうし、キャッシュカードの現金自動支払機等での不正利用以外の類似案件についてはどのようなことになるのかも、併せてご紹介できることになると思います。
  預金者保護法が制定される以前は、原則として仮に預金者以外の第三者が不正にキャッシュカードを利用して払い戻しを受けた場合でもその払い戻しは有効とされていました。つまり、預金者は預金を失ったままになってしまいました。もちろん不正にキャッシュカードを使って、お金を持ち去った第三者に対しては、その金は自分が受け取るべきものだったから返せと請求することはできます。しかしそれは犯人が捕まらなければどうしようもありません。仮に捕まったとしても、その人間が捕まるまでそのお金を後生大切に保管していてくれるわけではありませんから、実際に返してもらえることを期待することは難しいです。要するに泣き寝入りせざるを得ないことが多かったのです。
 なぜそういう扱いになったのでしょうか。
 答えは
民法478条の存在です。
 民法478条は、「債権の準占有者に対する弁済」について定めた条文として説明されています。即ち、債務は債権者に対して弁済するのがもちろん大原則です。しかし
本当は債権者ではないのに債権者であるかのように装っている人がいたとして、債務者はその人が債権者であると信じてしまって債務を弁済したときに、その弁済は債権者に対する弁済と同様に有効なものとして扱いましょうという規定です(「準占有者」というのは、難しい法律用語ですが、ここでは「債権者ではないけれども債権者のように振る舞っている人間」というように理解してください。)。
 この規定が想定しているのはこんな場合です。
 例えば、知人から借金をしているBさんの所に取立屋さんが来ました。その取立屋さん曰く、「俺はAさんから、あんたに対して貸しているお金を回収するように頼まれて来た。ほら、Aさんから借用書も預かってきているし、Aさんの委任状もあるよ。」。そこでBさんはその取立屋さんに仕方なくお金を返したとします。ところが後日、AさんがBさんの所に来て、「あの借金、そろそろ返してくれないかな。」と言うので、既に返したじゃないかと事情を説明しても、Aさんに「そんな取立屋は知らないよ。そういえば借用証書が見つからないんだ。そいつに盗まれていたのか。」などと言われてしまったとき、Bさんの取立屋さんへの弁済も有効なものとして取り扱い、重ねてAさんに借金を返さなくてよいということにするということです。 
 一般に
債務者は債権者に対して弱い立場にあります。ですから偽の債権者が現れても偽物と気がつかずに返済してしまうこともあり得るでしょう。ですからその債務者の「まさか偽の債権者とは思わなかった」という債務者の信頼に答えてあげるべく民法478条があるのです。何者かに債権を横取りされた形になるAさんもお気の毒ですが、債権者よりも一段弱い立場にあるBさんを保護する必要性の方が高いというわけです。
 しかし民法という法律の性格上、具体的な例を挙げた形で決められているわけではなく、ただ単に一般的に「偽の債権者に対して債務を弁済してしまっても、弁済に際して、相手が本当の債権者と思っていたのであれば、その偽の債権者への弁済でも有効として取り扱う。」という趣旨で定められているだけです。そこに問題があったわけです。
  つまり上記の例を、キャッシュカードが第三者に不正に利用されて、預金が不正に引き出されてしまった場合に当てはめてみますと、預金者はキャッシュカードが不正に利用されて預金が引き出されてしまった以上、銀行に対して引き出された預金についての補償を求めることはできないということになることが容易におわかりでしょう。
 預金があるということは、預金者が銀行等に対して預金の払戻請求権という債権を有しているということで説明されていますので、上記の例でいうと、預金者がAさんです。銀行は債務者ですからBさんに当たります。キャッシュカードは上記の例でいうと借用証、不正にキャッシュカードを使用した人間が正しい暗証番号を入力できたというのは、偽の委任状を見せたのと同じ意味があります。もちろん銀行側はそのキャッシュカードを使用している人間が預金者とは無関係の人間であるとは思いもしていないからです。  

 しかし、偽造されたキャッシュカードや盗難されたキャッシュカードを第三者が不正に利用して、預金者の預金を銀行等から引き出してしまうということは、民法478条が本来想定していたところとは基本的に違うところがあります
 それは一般的には確かに債務者が債権者より弱い地位にあるということはいえるのですが、銀行は預金者に対して弱い地位にあるわけではないということです。もちろん銀行にとって預金者はお客様ですから、そういう意味では弱い立場かもしれません。しかし債務者が通常抱く、債権者には頭が上がらないというようなプレッシャーを感じるような力関係にはないはずです。普通の借金の利息だったら、民法の法定金利でも年5パーセントですが、預金利息が年1パーセントにも満たないというのが象徴的です。
 そしてキャッシュカードを配っているのは債務者である銀行側です。債権者側が債務者に対して書かせる借用証とは意味が違います。暗証番号制度も銀行側が考えた制度です。つまり銀行側が考えたルールの下で、預金者は預金をしたりお金を引き出したりするわけです。
 それを考えるともともと民法478条の適用場面ではなかったということでしょう。
 しかし先にも触れましたが、民法478条は一般的な形で規定してしまっていますから、今回の預金者保護法のような法律が特に制定されていなければ、銀行側が保護されて預金者が泣き寝入りをしなければならないという形になってしまっていたというわけです。

 というわけで預金者保護法が制定されたありがたみはご理解いただけましたでしょうか。
 しかし預金者保護法ですべてが解決というわけではありません。
@  窓口で預金者とは無関係の第三者が預金者になりすまして、通帳や印鑑を提示して、不正に預金を引き出した場合は、依然として従前通りに処理されるようです。
 そこで、現金自動支払機等での不正払戻しについては、預金者保護法により対応されることになったのに、窓口では民法478条の適用の問題とされ続けるのに合理性はあるのかが残された問題になります。
 説明がややこしくなって収拾がつかなくなることを恐れて、2項ではご説明しませんでしたが、実は、民法478条で債務者が偽物の債権者に対して弁済してしまったことが保護されるためには、偽の債権者が本当の債権者であると誤解するについて、注意を尽くしても見破れなかったという事情があることが必要だ(債務者側の無過失)と解されています。窓口での預金払戻しについて、今後も民法478条によって対応するというのは、そのことと関係があるように思います。
 現金自動支払機等でキャッシュカードが不正利用されるときは、銀行等にそれを見破るための注意を尽くせと言ってみたところで、無意味です。対応しているのは機械なのですから。結果として、民法478条で債務者側の無過失を要件にすることによっても、銀行側を保護する場面を絞ることはできません。そのために常に預金者が泣き寝入りを余儀なくされることになり、預金者保護法が必要とされる度合いは高かったといえます。それに対して、窓口対応の場合は、人間が対応するわけですから、債務者側の無過失を要件とすることによって、民法478条によっても、常に銀行側の払い戻しが有効とされるわけではないということになりますから、預金者が保護される場面も出てくるのであって、預金者保護法の適用の必要とされる度合いは相対的に低かったということかと考えています。
 しかし今後、窓口での預金の不正払戻しについても、民法478条に基づく処理でよいのか見直される気運が高まってくるのではないかと思っています。
A  もう一つ問題なのが、今般制定された預金者保護法では適用される預金者が個人に限られるかのように規定されているということです。預金者とは何かということを定義づけた条項に、「個人」という文言が用いられているのです。
 とすると法人や各種団体名義の預金口座は、従前通り民法478条によるということになるのでしょうか。しかしそのような区別をする合理的理由はあるか疑問です。強いていえば、個人の預金者は銀行等に対して弱いけれども、会社などは対等ではないかということかもしれませんが、会社とて銀行等から融資を受けることが多いわけですから、個人と同じく弱い立場のはずです。貸し渋り、貸しはがし等という言葉がそれを物語っています。ある意味、個人の預金者以上に弱い立場ということもできます。
        
B    そして最後に指摘しておきたいのが、偽造カード等の場合と盗難カード等の場合とで民法478条の適用の有無に違いがあるかのような条文になっているところが非常にわかりにくいということです。
 法律全体を見ると、偽造カードだろうが盗難カードだろうが、預金者でもない人間がカードを不正に利用して預金等の払い戻しを受けたときに、本当の預金者を保護するという精神であることは明らかなわけですから、いずれにしろ民法478条の適用はないわけです。それなのに、一方で偽造カードが利用されたときについては、民法478条は適用しないといいつつ、盗難カードについては、本来の預金者以外の人間が所持しているところに問題があるだけで、カード自体に問題がないということに着目したのか、民法478条の適用があるかのように規定しています。
 私としても、もう少し法律の解釈を詰めて研究しなければなりませんが、今の段階では、疑問もあるということをしておくにとどめます。