NO.6 新設された危険運転致死傷罪について




 皆さん、新聞やテレビなどの報道で気が付いたことと思いますが、今般、刑法に新しく危険運転致死傷罪 という新たな犯罪が新設されました。今回はこれについて私が気になるところを開陳したいと思います。
 はじめに予めお断りをしておきますが、私は危険運転致死傷罪が新設されたことの社会的必要性(ほとんど事故が起こるのは当然と思われる危険な運転をして、案の定、人身事故を起こしたときに本当に過失犯として軽くしか処罰できないということでよいのかという交通事故の被害者、遺族の不満の高まり)については、十分に理解しております。しかしこの危険運転致死傷罪について自動車を運転する立場(加害者になる可能性のある立場)からはどう受け止めたらよいのかについては、あまり議論されていないように思うのです。そこであえてその立場から問題点を考えてみようということなので、その点はご了承ください。
 さて、前置きはこの程度にして、本題に入ります。多くの方は犯罪など自分には関係ないと思っているでしょうが、危険運転致死傷罪(ここからは「本罪」といいます。)は自動車を運転していて人身事故を起こしてしまったときに適用される犯罪であり、自動車を運転していての人身事故を起こすことは誰でもありうるわけですから、決して他人事では済まされないものです。もちろん今までも人身事故を起こせば業務上過失致死傷罪 (刑法211)ということで、犯罪とされてしまっており、それについては何ら今後も変わりはありません。しかし業務上過失致死傷罪は最も重く処罰されるときでも懲役5年であったのが、特に危険な運転をしたことによって起こった人身事故とされると、これからは業務上過失致死傷罪ではなく本罪が適用され、被害者が死亡した場合には懲役1年から懲役15年までの範囲で処断されてしまいます。被害者が負傷したに留まったときでも、最高で懲役10年の刑が科せられることになります。そして業務上過失致死傷罪では懲役刑ではなく、罰金を科せられるに留まることもあったのに対し、本罪では罰金に留まることはないわけです。自動車運転に伴う人身事故の中にあっても、非常に重い犯罪が新設されたわけです。
 ここまで申し上げても、報道で知る限り、本当に悪質な運転をした場合のことだろうということで、やはり自分とは関係ないと思われるかもしれません。しかし果たしてそうでしょうか。どういう運転をしたときに本罪が適用されるかについて整理してみましょう。

(1)  アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で四輪以上の自動車を運転した場合
(2)  進行を制御することが困難な高速度で四輪以上の自動車を走行させた場合。
(3)  進行を制御する技能を有しないのに四輪以上の自動車を走行させた場合。
(4)  人又は他の車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入したり、進行中の人又は車に著しく接近し、かつそれが重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を走行させていたとき
(5)  重大な交通の危険を生じさせる速度で四輪以上の自動車を運転しているときの信号無視

 以上の5つの場合ということのようです。判りやすく言うと酒酔い運転等、スピード違反、無免許運転等、割り込みなどの迷惑運転、信号無視等のときに人身事故を起こすと、本罪が成立するわけです。
 私がここで問題にしたいのは速度の問題です。信号無視、割り込みなどの迷惑運転は明確です。しかし速度に関しては非常にあいまいなのではないでしょうか。どこまでなら許されて(本罪が成立しないという意味において)、どこからがいけないのかがわかりません。特に「進行を制御することが困難な高速度」での人身事故はそれだけで本罪が成立しますので、どの程度の速度が問題とされるのかがよくわからないというのは重大な問題です。そもそも自動車はすぐには止まれないことは子供でもわかっていることなので、自動車が走行すること自体、進行を制御することが困難だという解釈さえ成り立ってしまいます。それでももちろん、制限速度を遵守していれば、問題はないのでしょうが、わずかでも速度違反があれば「進行を制御することが困難な高速度」と判断されてしまう可能性もあります。これは後に述べることにしますが本罪の位置付けを考えても、決して杞憂ではないと思います。現実には制限速度を完全に遵守して運転している人は少ないと思います。このように解釈されるとすれば、決して危険運転致死傷罪が新設されたことは他人事ではないわけです。
 また、割り込みなどの進路妨害の場合、信号無視での人身事故の場合も、「重大な交通の危険を生じさせる速度」での走行ということが要件として加えられています。しかしこれもあいまいです。一応は、「進行を制御することが困難な高速度」で走行しているときの人身事故の場合はそれだけで本罪が成立しますから、それより遅い速度でも該当することを想定していると考えられます。とすると制限速度でもなさそうですし、何が基準になるのでしょうか。ケースバイケースというのでは余りに予測困難です。
 ついでですが、「進行を制御する技能を有しないで」についても問題がないわけではありません。おそらく無免許運転を想定しているのでしょうが、無免許でも運転技能のある人もいるし、逆に免許は持っていても何年もペーパードライバーであったとか、高齢になって技能が衰えている人もおられるわけで、それによって本罪の成立が左右されると解釈される余地があります。
 さて、今度は角度を変えて本罪の位置付けから考えてみましょう。普通考えると、本罪は、特に悪質な運転の仕方での人身事故の場合に成立するのですから、業務上過失致死傷罪(刑法211)の特別類型であり、過失犯の一種と解されると思います。もしそのように解されるとすれば、新設された条文は刑法211条の2 ということになるはずです。しかし現実には刑法208条の2として新設されました(これまでの刑法208条の2に規定されていた凶器準備集合罪は刑法208条の3に繰り下げられました。)。この条文の位置は他人に暴力を故意で振るう行為を想定した犯罪が規定されている所なのです。即ち、本罪は、被害者の死傷の結果が生じたことの原因行為は単なる加害者の過失によるのではなく、それ自体が故意に基づく犯罪行為であるという前提で位置付けられているということになります。確かに酒酔い運転、信号無視、無免許運転、制限速度超過等、道路交通法上、それ自体犯罪行為とされています。
 その結果、本罪の成否に付いては次の解釈が成り立つことになります。
 「進行を制御することが困難な高速度」での走行についていえば、文言上、これに直接対応する形では規定されているわけではなく、道路交通法第118条第1項第2号、第22条第1項で制限速度違反の場合を規定しているのみです。従って制限速度を超過しているときの人身事故には本罪が成立する可能性があることになります。道路交通法では速度超過の程度によって犯罪の成否自体を区別はしていません。もちろん制限速度超過の程度が著しい場合にのみ、本罪が成立すると限定的に解釈されるのが現実的なのでしょう。しかし、その場合には、どの程度の速度超過なら本罪は成立せず、どの程度の超過だと本罪が成立するのか不明確になりますので、望ましい解釈ではありません。
 「進行を制御する技能を有しないで」の走行についても、無免許運転の罰則がこれに当たると思われるのみです。法律は、免許は保有しているが運転技能のない人の存在は想定していないようです。これについては、「進行を制御することが困難な高速度」での走行の場合とは逆に、結局、運転技能がなくとも免許さえ持っていれば本罪は成立しないと解することにつながるでしょう。
 以上、縷縷述べてまいりましたが、速度の問題はどう解釈運用されていくことになるのでしょうか。厳密に法解釈すると、前述したように「進行を制御することが困難な高速度」、「重大な交通の危険を生じさせる速度」はどういう速度なのか全く不明です。それでは事故の度に業務上過失致死傷罪が適用されるのか、本罪が適用されてしまうのか、運転者の運命は大きく左右されます。
 それでも仮説を立てるとすれば、皆さんもご存知のとおり、速度超過違反の場合、一定の速度超過以内の場合には、行政処分としての反則金納付で済ませ、正式な刑事処分を回避する制度があります。「進行を制御することが困難な高速度」は反則金では済まない程度の速度超過を指し、「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、反則金納付の対象となる速度超過を指すという解釈も成り立つかもしれません。しかしそのような解釈ができるという法的な根拠はないのです。
 
いずれにしろ今後の解釈運用を見守っていきたいと思います。