少額訴訟手続(民事訴訟法368条ないし381条)の落とし穴

 現行の民事訴訟法が制定されたとき(平成8年6月26日)から、民事訴訟法の第6編として、「少額訴訟に関する特則」が定められました。
 この制度の詳細については、既に丁寧に説明されているウェブサイトもあるようなので、それを参照して頂ければよろしいかと思います(例えば
http://www009.upp.so-net.ne.jp/law/index.html)ただ総じて、少額訴訟手続は早期解決を図ることができ、また弁護士などの専門家に必ずしも相談する必要なく自ら対応することができるので、弁護士費用の負担も必要ないとして、そのメリットばかりが強調されている傾向があります。もちろんそのようなメリットが存在することは間違いないのですが、安易な気持ちで少額訴訟手続による審理を求めると、思わぬ後悔や失敗をすることもあるのです。そのことは十分に注意しなければなりません。
 今回は、そのような少額訴訟手続きを利用する際の注意点を取り上げたいと思います。

  まず第1の注意点は、審理は泣いても笑っても1回の期日だけということです(民事訴訟法第370条)。
 それこそがメリットであるということなのですが、もし事件の相手方から、全く想定していなかった主張や証拠を提出されたとしたらどうでしょうか?よくよく冷静になって考えれば簡単に反論できるものであったり、その証拠の信用できないことを示すなどの対応策が考えられる場合であっても、1回の期日ですべて決まるので、動揺し、困惑しているままに、不利な判決が下される可能性があります。「想定外」という言い訳は通用しないのです。
 また1回の期日ですべてを済ませるといっても、朝から夕方までずっと審理する時間が確保されているわけではなく、せいぜい30分程度、長くても1時間程度の審理時間が確保されているだけです。それでは対立しあう当事者がそれぞれ、自分の主張を裁判官に伝えるための時間は全く不足していると言わざるを得ません。そして更にその限られた時間の中で、和解での解決が模索されることも普通行われるわけです。ときとして、時間が押してくる都合上、裁判官が焦るあまり、当事者が必ずしも納得しているわけではないにもかかわらず、和解の成立に向けて強引な誘導を計ることも少なくありません。裁判官の焦りは、しばしば事件に不慣れな当事者にとっては威圧されているような印象を抱きがちで、もはや異論を差し挟むことができないものという思いを抱いてしまいがちであるため、実のところ不満を残し何ら納得していないにもかかわらず、それを裁判官に伝えることができないままに、和解が成立したとして処理されてしまうことにもつながるのです。このことは大問題です。なぜなら一度、和解が成立したものとして処理されてしまうと、後になって後悔して「実は全く納得していないのですが」と打ち明けても、もう一切、取り合ってもらえないからです。
 このようなことから、私は、紛争の根深さ、深刻さは、金額の大小で変わるものではないのに、「紛争の対象が少額な事件は簡単に解決できるはずである」という根拠のない認識にたって創設された制度であると言わざるを得ないと考えています。

  第2の注意点は、少額訴訟手続での判決に対しては、控訴することができないということです(民事訴訟法第377条、380条1項)。
 もっとも、異議の申立はできるとされています(民事訴訟法第378条)が、実務的に異議申立後の審理もまた最初の裁判官がそのまま担当するのが一般的であるとのことです。裁判官も人の子です。いくら制度として認められているからといって、「あなたの下した判決には納得していませんよ。納得できないのは○○△△の理由です。」等と縷々、書き連ねられた異議申立書に接して、不愉快な気持ちにならない裁判官などいないと思います。
 もちろん、裁判官はプロフェッショナルですから、そのような気持ちをぐっと抑えて、冷静な、公平中立な審理を続けて頂けるとは思います。しかし異議を申立てても、判決の内容が変わらなかった場合、異議申立てした側の当事者はその判決を受け入れ、素直に受け止める気持ちになるとは思えません。裁判官にその気はなくとも、当事者にしてみれば、「そりゃそうだ。同じ裁判官が判断するのだから、みすみす自分が間違ったと認めるはずはないだろ」というように考えて当然だと思います。

 以上のとおり、少額訴訟手続にも多大な問題があるのです。意外にかかる事実を指摘するウェブページは見当たらないので、今回、取り上げることとした次第です。
 ちなみに私が、少額訴訟手続を考えていると相談を受けた場合は、その利用はまず勧めません。このようなとき、「手続費用が安いから」ともよく言われるのですが、それは全く根拠はありません。訴訟提起に当たっては所定の収入印紙を訴状に貼らなければなりませんが、その金額は通常の訴訟の場合も少額訴訟手続による場合も同じなのです。少額訴訟手続において被告とされた方から相談があった場合は、最初の時点で、通常訴訟の審理をするよう申述をして対応しております(民事訴訟法第373条)。