NO.22 矛盾が露呈してきた危険運転致死傷罪




 私は既に、危険運転致死傷罪が刑法に新設された際の新聞報道に接したとき、危険運転致死傷罪の解釈に疑問の余地があることを指摘する趣旨のトピックを掲載しました(topic6)。
 このとき私は、特に速度の問題についてどのように解釈運用されるのか気にかかることを強調しておりました。ところが実際には、私が抱いた懸念は全くの杞憂だったようです。事故発生時において少々の速度超過があった程度では、簡単に危険運転致死傷罪の適用が議論されるようなことはありません。むしろ現実には、「なぜこんなひどい事故なのに危険運転致死傷罪が成立しないのか」という不満が当該交通事故の被害者・遺族らから多く示されることとなりました。
 特に今月19日(平成25年2月19日)に京都地方裁判所で、京都地方裁判所で判決が下された少年の引き起こした事故に関して、危険運転致死傷罪の適用を巡り、物議を醸したのは記憶に新しいところです。
  危険運転致死傷罪には、当初、あまり大きな問題として意識されていなかった矛盾点が露見してきているのです。今回のトピックでは、その矛盾点を取り上げます。
 本題にある前に、以前、私が危険運転致死傷罪に取り上げたとき(topic6)とはその法定刑が変わっていますので、現在の法定刑を再確認しておきます。
 危険運転致死傷罪に問われる場合、被害者が死亡した場合には、1年以上の有期懲役(上限は懲役20年−刑法12条1項)、傷害を負わせたときは、15年以下の懲役(下限は懲役1ヶ月−刑法12条1項)とされています。
 被害者を死亡させたときについては、懲役刑の上限について規定している刑法12条1項が以前は上限が15年とされていたのに、上限が20年に引き上げられたことに伴い、連動して重罰化しただけですが、被害者に傷害を負わせたときについては、上限が懲役10年だったのが15年に引き上げられたわけです。最初に新設されたときも、ずいぶんと重い法定刑だという印象を持っていましたが、更に重罰化されたわけです。
 またついでに補足しておくと、危険運転致死傷罪が新設された当初は、四輪以上の自動車による事故であることを前提としていましたが、現在はおよそ自動車である限りは、自動二輪車による事故であろうと関係なく適用されうることとなっています。
 更にこの機にお詫びしておかなければならないことがあります。それはtopic6では、危険運転致死傷罪が制定された後も、一般の人身事故について業務上過失致死傷罪に問われるかの如く記述をしていますが、実際には危険運転致死傷罪と同時に、自動車運転過失致死傷罪が新設されたため(刑法211条2項)、一般の人身事故について業務上過失致死傷罪に問われることはなくなっておりました。この点、誤解を招く記述になっております。謹んでお詫び申し上げます。
 さて本題に入ります。
 第一に浮上した矛盾点は、酒酔い運転などをしているときに起こした人身事故について危険運転致死傷罪が適用される可能性が高いので、却って「ひき逃げ」をすることを助長することになってしまいました。
 「ひき逃げ」などせずに、事故直後から被害者の救護に取りかかれば助かる命もたくさんあるでしょうが、ひき逃げをしたばかりに命を落とすということもあるでしょう。またひき逃げすると、被害者が路面に倒れたまま身動きできないままに放置されることで、後続車が気がつかずに次々に轢かれてしまうなどという痛ましい結果にもつながります。そのため、「ひき逃げ」に対しては厳しい非難が向けられる行為です。問題は、他方で「ひき逃げ」は、その事故を起こした運転者が、取り返しの付かない事態を招いたと激しく動揺し、むしろ現実に直面することが怖くなり思わず逃げてしまうという人間の弱さの表れという一面もあるということです。そのために、「ひき逃げ」に対して向けられる厳しい非難の割には、「ひき逃げ」自体について重く処罰されるわけでもないのです(もちろん人身事故を起こしたことについての量刑に際して考慮はされます)。
 即ち、酒酔い運転時に事故を起こしてしまったとき、「ひき逃げ」してとりあえず、酔いを覚まし、酒酔い運転であったことが発覚しないようにすれば、普通の自動車運転過失致死傷罪(刑法211条2項)に問われるだけであるのに、ひき逃げなどせずに現場に留まった場合には、却って酒酔い運転であったことが発覚して危険運転致死傷罪に問われてしまうというのですから、誰しもが「ひき逃げ」をするでしょう。それを責めることはできません。
 第二の矛盾点は、先に紹介した京都の事故などで注目を浴びた問題です。つまり自動車の「進行を制御する技能を有しない」という要件の問題です。
 立法者はどのような運転者を想定していたのでしょうか。
 私は基本的には自動車運転免許を有していない者であることが大前提だと考えています。確かに自動車運転免許を保有はしていても、長年、ハンドルを握ったことのない、いわゆるペーパードライバーもいるでしょうし、高齢のため、自動車の運転技能が衰えてきているドライバーもいるでしょう。しかし運転免許証は必要とされる運転技能がある者に交付される建前です。運転免許保持者である以上は、自動車の「進行を制御する技能」は有しているはずと考えなければなりません。なぜなら自動車を運転することが認められているわけですから、案の定、人身事故を起こしたからといって、それだけの理由で通常の自動車運転過失致死傷罪よりはるかに重い刑事責任が課せられるというのは全く理屈に合わないからです。ペーパードライバーや運転技術が衰えてきている高齢者に対して、運転免許証を交付し続けることの是非はまた別の問題です(免許証制度の改善で対応すべきです)。
 従って必然的に自動車の「進行を制御する技能を有しない」者とは無免許運転をしたということが前提であるということになります。しかし自動車運転免許を有しておらず無免許運転をしたとはいえ、その運転者が自動車の運転技能を有しないかというと、これまた別問題です。京都の事件で問題となった少年が、何度も無免許運転を繰り返すうちに既成事実として運転技能を習得してしまっていたとすれば、なるほど技能を有しないで自動車を運転したということはできません。他にも、何らかの事情で、運転免許が失効してしまったり、取り消されてしまった場合も同様に考えられます。
 このように考えてくると、自動車の「進行を制御する技能を有しない」とはどのような場合を想定しているのか全く分かりません。そもそも自動車の運転ができないと自覚している人は、敢えて、自動車を公道で走らせるはずないと思います。せいぜい、子供が自動車の運転席でいたずらしているうちに、自動車が走り始めて、すぐに止めることもできずに、道路で人身事故にまでなってしまったということでしょうか。しかし、刑法は「14歳に満たない者の行為は、罰しない」(刑法第41条)のです。それに、子供に限らず、いたずらしていて意に反して車が動き出してしまったというならば、無免許なのに自動車を運転させるという故意さえ存在しないので、やはり危険運転致死傷罪の適用は無理なはずです(刑法38条1項参照)。
 あるいは、自宅などの敷地内で自動車の運転の練習をしていたところ、家族や来客に対して車をぶつけてしまったというようなときでしょうか。しかし日本に車の運転の練習ができるほど広大な土地を有している人はほとんどいません。そんな希有なケースを想定しているはずもないと思います。 

 また居眠り運転について、危険運転致死傷罪が適用される余地はありません。
 このことは明らかですけれども、果たしてそれがよいのかは大いに疑問です。酒酔い運転よりも、速度超過の運転よりも遙かに危険なはずです。
6   そこで、近時、通常の自動車運転過失致死傷罪と危険運転致死傷罪との中間の責任を問えるように新しい罰則を定めようという動きがあるようです。
 しかし私はそれには大反対です。その前に危険運転致死傷罪の矛盾を解消するために、その条文を抜本的に改正することが先決だと思います。
 ここで、こうだからと決めつけるつもりはありませんが、このような矛盾点が出てくるのは、もともと危険運転致死傷罪が、その性格自体に問題を抱えていることと無関係でないような気がします。この機にそのことについても触れておきましょう。
 危険運転致死傷罪は、一般に「結果的加重犯」と位置づけられて解釈されています。
 「結果的加重犯」というのは刑法学上の専門用語ですが、基本となる行為自体も犯罪行為であるところ、その行為から更に重大な結果をもたらした場合に、更に重く処罰するものをいいます。
 私も危険運転致死傷罪を結果的加重犯であるとして位置づけることには間違いないと思いますが、危険運転致死傷罪の場合は、基本犯たる行為は必ずしも犯罪とされていない「危険な運転行為」であるとして説明されることが少なくありません。しかしそのような説明は論理として破綻しています。なぜならいかに「危険な運転行為」が非難されるべきものであるとしても、それ自体が必ずしも犯罪として処罰される行為ではないとするならば、ただ単に重大な結果が発生したから犯罪になるというだけのことになり、結果的加重犯ではなくただの結果犯(一定の結果が発生して初めて刑事責任が問われるという犯罪類型です)であるということになってしまうからです。しかもその発生した結果については、故意が不要なわけですから(故意があるならば、もはや殺人罪や傷害罪が成立してしまいます)、結局、自動車運転過失致死傷罪と同様、過失犯であると位置づけなければならなくなります。
 過失の中でも特に危険で人身事故の発生も当然と目される類型の行為を、特に重く処罰しようというのが危険運転致死傷罪であるという説明をするのが正しいということになります。
 しかしtopic6でも触れていますように、自動車運転過失致死傷罪と同様、過失犯の一類型であるとするならば、刑法の第28章の「過失傷害の罪」の中に規定されているのではなく、第27章の「傷害の罪」の中で規定されていることの説明ができません。やはり、危険運転致死傷罪は結果的加重犯と考えざるを得ないのであって、その場合の基本犯は、漠然とした「危険な運転行為」というものではなく、道路交通法で処罰対象とされる速度超過であったり、無免許運転であったり、信号無視であったり、酒酔い運転であったりするとして位置づけるほかないのです。
 
話が複雑になってしまいましたので、これ以上には踏み込みませんが、危険運転致死傷罪が何となく性格が曖昧なところがあるのはおわかり頂けるかと思います。 そのような曖昧な性格であることが、現実の事故が発生したときに、様々に矛盾を露呈してしまったり、物議を醸し出したりする一因になっているような気がして仕方ありません。